大学で学ぶ意味とは:国立大学教授が大学進学希望者やその保護者に伝えたいこと

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夫の記事を簡略化してみた→「大学で学ぶ意味とは」

 

というものもあります。

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大学で学ぶ意味とは、何だと思いますか?

 

大学に入りたいと思っている人は、

大学で学ぶ意味というものを、

きちんと理解できているでしょうか?

 

現在では、国立大学ですら年間50万円以上の学費を払います。

4年間通えば、200万円以上かかります。

それだけの大きな買い物をするのですから、

その学費に見合ったサービスとは何なのか、

ということを理解しないで入学してしまうのでは、

大きな損をしてしまいかねません。

 

 

大学で学ぶ意味とは?

 

それでは、

大学で学ぶ意味とは一体何でしょうか。

 

もちろん、いろんなモノの見方はあると思いますし、

大学で学べることのうち、どの点に価値を見出すかは、

人によって違ってもいいと思います。

 

ですので、ここで述べるのは、

あくまで一人の大学教授の意見です。

 

ただし、

国立大学で学部教育・大学院教育を受けてきて、

その後私立大学や国立大学で研究者・教員として学生を教育してきた、

大学教育を教わる側・教える側双方に

どっぷりと浸かりきってきた人間の意見です。

 

先に結論を言ってしまうと、

それは、

 

「新たな知識を創造する方法を習得すること」

 

だと思っています。

つまり、高度な知識を作る側の人間になる方法を学ぶのが、

本来の大学で学ぶべきことだ、と私個人は考えています。

 

 

「新たな知識を創造する方法を学ぶ」とは?

 

大学(以下、ここでは大学院も含む)で

教える側の立場にいる人間は、基本的に研究者です。

 

研究者とは、

 

既存の知識では明らかにされていない未知のことがらを研究し、

新たな発見をしてそれを発表することを生業とする人間

 

であり、

「新たな知識を創造する側の人間」です。

 

新たな知識の創造は、「論文」及び「学会発表」によって発表されます。

よって、大学では「論文の書き方」「学会発表の仕方」を教わります。

つまり「新たな知識の創造の方法」を学んでいることになります。

 

この大学教育・大学院教育の本質を理解できていない人は、

大学や大学院での学びを

高度な知識を学ぶこと」といったように勘違いをしますが、

実は「既知の知識の学び方」は、

高等学校まででできるようになっているはずの技術です。

 

大学では、知識は独力で学ぶものです。

その高度な知識を教えること自体は、

実は大学本来の目的ではありません。

 

でも

 

「大学では講義の形式で多くの知識を教授しているじゃないか」

 

と思う人もいるでしょう。

 

もちろん「新たな知識の創造の方法」を伝授するために

必要な知識は教えることもあるでしょう。

 

でもおそらくそれは、

「独力で知識を得ることができない学生が多くなってきたから」

である可能性もかなりあるのではないか、と個人的には思います。

 

 

大学で学んだ事って社会に出てから役に立つの?

 

少し話が脱線しますが、

よく、

 

「大学で学んだことは社会に出て役に立つのか」

 

という質問をする人がいます。

 

あくまで私見ではありますが、

上記の大学で学ぶ意味が「新たな知識の創造の方法」ということを踏まえると、

間違いなく大学での学びは社会で役に立ちます。

 

なぜなら

 

「新たな知識の創造の方法」とは究極の「問題解決の方法」

 

だからです。

 

研究の世界の外側における社会のあらゆる問題解決の方法として、

「新たな知識の創造の方法」は役に立ちます。

 

あくまで私見ですが、

「大学での学びが社会に役には立たない」と言い切っている人間は、

 

大学で学んだ経験がない

進学したものの大学で学ぶべき本質部分を学び損ねてしまった

 

と推測できます。

 

もし後者だとしたら、大学教育に携わる者として、

きちんと大学で学ぶべき技術を身につけさせてあげられず、申し訳なく思います。

 

 

必ずしも「大学進学」をする必要はない

 

話を戻しますが、

私個人が考える「大学で学ぶ意味」とは「新たな知識の創造の方法」であり、

これは究極の「問題解決の方法」だと思っています。

 

さらには、問題を解決して新たな知識を創造できたときに、

それを他人に分かりやすく論理的に説明する文章力・プレゼン力も、

身につけさせてくれる場であると思っています。

 

これらを身につけさせてくれることに価値を見出せるならば、

大学に進学し、学ぶべきであると考えてよいでしょう。

 

逆に、これらの技術をすでに身に着けているか、

もしくは自分で身に着けることができる自信がある人は、

お金と時間を賭けて大学で学ぶ必要はないと考えてもいいと思います。

 

そういう意味で、

私は自分の中学生の娘に対しても、

 

「行く意味がないと思うならば大学には行かなくとも構わない」

 

と伝えています。

 

もちろん、行く価値があると思うならばぜひ進学して、

大学で学ぶべきものをしっかりと学んでもらいたいと思っています。

 

 

大学進学をする前に考えておくべきこと

 

「大学に進学しよう」となると、

必然的に「大学選びをどうするか」ということが

課題になってくると思います。

 

面倒見のいい大学とか、就職率が高い大学とか

キャンパスが整備されているとか、

そのような観点で大学を選ぶことも、悪くはないとは思います。

 

中には

 

「学歴フィルター」の存在を考えれば、

ある一定のレベルの大学以上に入らないと不利になる

 

という主張をする人もいると思います。

 

もちろん「就職して定年まで勤めあげる」という

人生を送ることを目的とするならば、

それは正しいと思ってよいと思います。

 

ただし、学歴フィルターがあるからと言って、

有名大企業に採用されることが確約されるかと言われれば、

そうではないことも明らかではあります。

 

能力が足りていなければ、

いくら東大卒でも早慶卒でも就職は不利になります。

 

さらに言えば、

 

有名大企業に就職することが人生の成功と言えるか否か

 

という点も考えるべき時代になりつつあります。

 

例えば主要な在京テレビ局の正規職員になれば、

高給取りになれる可能性は高まるかもしれません。

しかしながらテレビという業界は、

今後も高給が約束された業界か、と言われれば、疑問符が付きます。

 

実際にテレビを見る視聴者層は高齢化しており、

若者になるにしたがってテレビは見なくなっています。

よって将来性がない業種であると言えます。

 

また銀行なども、FinTechなどの台頭により、

将来性がない、古い業界として危機感を持っていることも有名な話です。

 

逆に、誰かに雇われて誰かの下で働くのではなく、

自らの信念で起業して成功を収める若者も出てきています。

「起業するリスク」と「雇用されて働く安定性」とが、

逆転する可能性が高まってきているような世の中になりつつあります。

 

そう考えると、

せっかく高い学費を払って学ぶ機会を得る大学教育という場に対し、

「何を求めるのか」をしっかり考えてから進学するということが、

今後はより重要になってくると思われます。

 

「やりたいことが見つかってないけど、とりあえず大企業に入れそうな難関大学に入る」

ということのために数百万の学費と4年以上の時間を賭ける価値があるのかどうか。

改めてしっかり考えてから、入学する必要があると思います。

 

 

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